明智光秀は敵は本能寺にあり!ってホントに言ったの?





明智光秀は敵は本能寺にあり!ってホントに言ったの?

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大河ドラマが戦国モノの作品の時、本能寺の変が高視聴率になるという話を以前に何かのニュースで見たことがあります。

 

 

主役でなくとも、織田信長は何らかの形で大河ドラマによく出てくるので、本能寺の変もよく登場しますよね。

 

 

この本能寺の変も謎が多い出来事のひとつ。

 

 

光秀の謀反の理由もいくつかの説があり、未だに議論されていています。

 

 

また本能寺の様子も信長公記に記載されていますが、ドラマになるといろんな部分が脚色されて、ホントにバラエティ豊富な本能寺が見れますよね。

 

 

なんの作品だったか、濃姫が燃え盛る本能寺で敵を切りまくっていたシーンもありましたが…

 

 

さて、そんな中でもやはり気になるのが、明智光秀の『敵は本能寺にあり』のセリフ。

 

 

昔からの本能寺の変のキメ台詞として有名ですが、じつは光秀はこの『敵は本能寺にあり』を言っていなかったそうです。

 

 

どういうことか?

 

 

この『敵は…』の台詞が歴史書に最初に出てくるのは、本能寺の変から250年程後の文政十年(1827)。

 

 

頼山陽(らいさんよう)の【日本外史】に記されています。

 

 

なのでそれ以前の【信長公記】や【信長記】、その他の書物にも出ていません。

 

 

おそらくは、頼山陽の創作の台詞では?ともいわれています。

 

 

実際、自分の主君を秘密裏に討とうという計画ですから、大勢の家臣に対して、『皆さん、これから本能寺を襲いま〜す!』みたいには言えませんよね。

 

 

限られた重臣のみに明かした計画だったのでしょう。

 

 

そうでもしないと、信長のもとへ密告するものが出て、計画はうまくいかなかったでしょうね。

 

 

今では定番の台詞も、そう考えてみれば、納得!ですね。

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