天下人秀吉の意外な好物





天下人秀吉の意外な好物

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数多くの戦国武将の中で、もしかすると最強というのは、豊臣秀吉の事かもしれません。

 

 

織田信長が成しえなかった天下統一を果たし、江戸幕府を開いた徳川家康も秀吉には勝てませんでした。

 

 

この秀吉は百姓の子から出世街道を突き進み、天下人となった人です。

 

 

その天下人・秀吉が晩年に好んだ食べ物のエピソードが残っています。

 

 

その食べ物とは…

 

 

【割粥】(ワリガユ)というものです。

 

 

『…………それってどんなゴチソウなんですか?』

 

 

割粥とは、米粒を細かく砕いて作ったお粥です。

 

 

 

 

 

そもそも粥は奈良時代くらいから文献に出てきており、調理法としても優れているんです。

 

 

そしてメリットもたくさんあります。まず考えられるのが【量】

 

 

実際にお粥を作ってみるとわかるのですが、少しのお米でどんどん水を吸い込んでいくんですよね。

 

 

水を追加して煮込んでも、また吸っていくをいう感じで、どんどん増えていきます。

 

 

昔は米の収穫量も現在に比べ少なかったし、以前にも書きましたが、戦国時代の人々は一日に平均五合前後ものお米を食べていました。

 

 

なので少ないお米で満腹感が得られるという【お粥】は重宝されました。

 

 

 

 

次に保温効果

 

 

これは米を煮込む過程で溶け出してくる(でんぷん質)が熱を封じ込め、体内で消化される際に熱を発生するからなんです。

 

 

 

 

そして消化促進というメリットも忘れてはいけません。

 

 

 

体調が悪い時の食事に思われがちな【お粥】ですが、ここまで書くと非常に優れた調理法という事がわかりますよね。

 

 

天下人の好物と聞けば、どんな珍味かと思いますが、お粥とは意外でした。

 

 

ひょっとして、山海のゴチソウを食べ尽した秀吉が最後に行き着いたのが【お粥】だったのかもしれません。

 

 

ということで、(今日の名言)はこの秀吉と割粥のエピソードです。 ^^

 

 

 

 

 

今日の名言

 

私は割粥で驕りたくはない

天下人となった豊臣秀吉が高野山にのぼったときの事。

 

 

秀吉は食事に【割粥】を所望しました。

 

 

するとすんなりと割粥が出てきました。

 

 

これを見て秀吉は

 

 

『確か高野山には米を細かく砕く石臼はなかったはず。なのにこんなに早く割粥が出てくるとは思わなかった。きっと料理人は、いつでも割粥を注文されても困らないように、石臼を用意しておいたのだろう。見事な心配りである』

 

 

と、感激しました。

 

 

しかし数日後、秀吉はこの真相を知りました。

 

 

先日の高野山の料理人が秀吉と面会した際、話のついでに、すんなりの割粥について話をしました。

 

 

料理人 『あの時は実は石臼はありませんでした』

 

 

秀吉  『ではどのようにして、割粥を作ったのだ?』

 

 

料理人 『とにかく人を集め、皆で、まな板の上で米を細かく砕いて作りました』

 

 

料理人は、秀吉の為に皆で必死になって割粥を作ったんですよ!とでも言いたかったのでしょう。

 

 

しかしこれを聞いた秀吉は、みるみる怒りの表情になり、

 

 

『なぜその様なことをした!? 石臼がなければ、普通の粥を出せばよかったのではないか?わしは天下人である。私の力をもってすれば、簡単に大勢の人間を集め、米粒を細かく砕いて食べることも思いのままじゃ。しかし、私は割粥で驕り(おごり)たくはない!』

 

 

この言葉に料理人は平伏し、秀吉を徳のある人物だと思ったそうです。

 

 

この時の発言は、秀吉はパフォーマンスなのか?それとも本心でそう思ったのか?

 

 

このエピソードを記載している【老人雑話】には、その辺の事までは書いてありません。

 

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