最高齢で子をもうけた武将ではだれ?





第11話 | 最高齢で子をもうけた武将ではだれ?

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明日の命をも知れぬ戦国時代では、子孫を残すことも大事な武士の務めでした。

 

 

という事で、いくつになっても子作りに励む人もいたようですし、子や孫ができても子孫繁栄に励んでいる人も。

 

 

ここで気になるのが、子をもうけた武将で最高齢は誰か?

 

 

そういえば、徳川家康は六十代で十一男・頼房をもうけていますし、小田原北条氏の初代・早雲も異説はありますが、六十代で子をもうけています。

 

 

ではこれが最高齢?

 

 

いえいえもっとスゴイ方がいるのです。

 

 

それは、飛騨高山藩主・金森長近です。

 

 

この人は信長公記にも出てくる人で、信長、秀吉、家康に仕え、関ヶ原合戦では東軍に与しています。

 

 

この時なんと七十七歳!!

 

 

関ヶ原参戦武将の最高齢でもあります。

 

 

しかしけっして武勇一辺倒の人ではなく、千利休に師事し、茶の湯や蹴鞠にも造詣が深かった文化人でもあります。

 

 

そして肝心の子をもうけた年は?

 

 

なんと八十二歳!!

 

 

この時の子は三男で、【五郎八長光】という名でした。

 

 

資料により食い違う点もあり、実際は八十三歳だったとの説もありますが、人間五十年の時代になんともまあ、たくましいことです。

 

 

ちなみに長近はその数年後、八十五歳で没していますし、この三男・【五郎八長光】も十六歳という若さで早世してしまいました。

 

 

なせばなる?!ものなのですね?

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