武士の家紋に嫌われた2つの花





第14話 | 武士の家紋に嫌われた2つの花

武士の家紋,嫌われた,椿,桜

 

本には様々な家紋がありますよね。

 

 

あなたの家の家紋はなんですか?

 

 

ちなみに私の家は【丸に橘】(←たくさんいる)

 

 

 

 

 

さて、家紋のルーツは古代にまで遡りますが、現在使われている家紋は、鎌倉時代初期の【武士紋】が基になっているといわれています。

 

 

もともとこの【武士紋】は合戦の際、敵・味方をハッキリと区別するために考案されたそうですが、次第に一族名誉を現すものとして世に浸透していきました。

 

 

そして戦国時代には、ほぼ完成されたといわれます。

 

 

 

 

 

有名どころでいいますと、

 

  • 徳川家康は『この紋所が〜』で有名な【三つ葉葵】。
  •  

  • 織田信長はキュウリの切り口みたいな【木瓜】(もっこう)
  •  

  • 武田氏は菱形四分割の【割菱】(※武田菱とも)
  •  

  • 伊達家は竹と雀が描かれている【伊達笹】

 

などなど、様々な植物や動物、形が家紋には用いられました。

 

 

そんな中、武士の家紋に嫌われた花が2つあります。

 

 

ちなみにその2つの花の家紋は、家紋としてちゃんと存在します。

 

 

でも武士の家ではちょっとワケありであまり歓迎されなかったんです。

 

 

 

 

 

 

武士の家紋,嫌われた,椿,桜
ひとつは【椿】。

 

 

椿は散る際、花のままポトリと落ち、まるで首を落とされる様なので、武士達からは嫌われており、家紋に使われる事を避けられていました。

 

 

 

 

武士の家紋,嫌われた,椿,桜
そしてもうひとつは【桜】。

 

 

桜はとにかくパッと【散る】花です。

 

 

武士はそういう散り際を恐れず、むしろ好んではいましたが、それが家紋になると?

 

 

一族もろともパッと散ってしまっては困るからです(汗)

 

 

自分はともかく、一族には残って末永く続いてもらいたい。

 

 

そんな意味で、武士には桜もあまり使われていなかった様です。

 

 

家紋は、ただ美しいとか、まとまりがいいという意味合いだけで使われていたのではないのですね。

関連ページ

最高齢で子をもうけた武将ではだれ?
数多くの戦国武将の中でも最高齢で子をもうけた武将を紹介した記事です。
子を一番多くもうけた武将は?
戦国武将の中でも子を一番多くもうけた武将はいったい誰なのかという疑問を調べてみました。
気になる武将の身長
戦国武将で身長がわかっている人物が何人かいます。それが石田三成、伊達政宗、徳川家康、豊臣秀吉です。
徳川16神将ってだれ?
戦国時代に徳川家康を支えた徳川16神将という武将がいましたが、その16人とはいったい誰なのかを調べてみました。
家康が嫌った妖刀・村正とは
戦国時代に徳川家康が嫌った妖刀がありました。それが村正です。村正とはいったいどんな刀なのか調べてみました。
戦国時代の求人募集
戦国時代、戦に備えてどの様に人を集めたのかを調べてみた記事です。
賤ヶ岳の七本槍はホントは九本槍!あと2人誰?
秀吉配下の勇猛な武将に賤ヶ岳七本槍という7人の武将がいたのですが、実は9人だったという説があります。では残りの2人は誰なのかを調べてみました。
豊臣秀頼生存説ってどんなのがあるの?
大坂夏の陣で亡くなったといわれる豊臣秀頼は、じつは生存説があります。どんな説なのか調べてみた記事です。
第20話 | 安土桃山時代の桃山の場所はドコ?
安土桃山時代の(桃山)の場所について調べてみた記事です。

ホーム RSS購読 サイトマップ