安土桃山時代の桃山の場所はドコ?





第20話 | 安土桃山時代の桃山の場所はドコ?

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足利義昭が京から追放され、室町幕府が滅んでから、徳川家康が江戸に幕府を開くまでの約30年間を【安土桃山時代】といいます。

 

 

これは【織豊時代】(しょくほう じだい)ともいいますね。

 

 

つまり織田・豊臣の時代を【安土桃山時代】、【織豊時代】というワケですが、ここで疑問が出てきます。

 

 

【安土桃山時代】の安土はそのまま安土、つまり安土城がある滋賀県近江八幡市。

 

 

安土城があった場所という事が分かります。

 

 

では【桃山】は?桃山城ってあったっけ?

 

 

なんて疑問が出ますよね。

 

 

この【桃山】とは、豊臣秀吉が晩年に住んでいた【伏見城】のこと。

 

 

そのあたりに桃林があったので【桃山】と呼ぶのだそうです。

 

 

ただ当時は【桃山】とは呼ばれておらず、伏見一帯がそう呼ばれ始めたのは明治時代以降なんです。

 

 

もともと【桃山時代】というのは、政治的なことよりも、美術史や建築史で使われ始めた言葉でした。

 

 

この時代に開花した華やかな美術・建築には【桃山】という優雅さが漂う言葉がピッタリのイメージでした。

 

 

それがやがて政治の区分として使われるようになってきたんです。

 

 

しかし最近、歴史学者間の中では、秀吉の時代を象徴する場所としては、伏見城よりも大坂のほうがよいのでは?という意見が出てきました。

 

 

確かにいわれてみればそんな感じもしますね。

 

 

なのでもしかすると近いうちに【安土桃山時代】は、【安土大坂時代】と呼ばれるようになるかもしれませんね。

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