猛将・福島正則の意外な内面





猛将・福島正則の意外な内面

 

 

福島正則は猛将で知られていますが、彼には意外な一面があったことをご存知でしょうか?

 

 

 

 

恐妻家

 

正則は正室・照雲院(津田長義の娘)に頭が上がらなかったそうです。

 

 

ある時、正則の浮気が発覚し、怒り心頭した照雲院は薙刀を振り回し夫を追い回しました。

 

 

さすがの正則もこの時ばかりは逃げ惑うばかりであったといいます。

 

 

しかしこの正室・照雲院は、じつは質素倹約家で、贅沢な衣服は着ず、常に夫の端切れを縫い合わせた衣服をきていたとか。

 

 

当時は戦が絶えなかった時代だったので、こうして妻も戦の費用の捻出に協力していたのですね。

 

 

なので正則も頭が上がらなかったのではないでしょうか?

 

 

 

 

 

 

倹約家

 

正室の影響もあったと思いますが、関ヶ原合戦時、正則の居城・清洲城に入城した東軍は、備蓄されていた兵糧の多さに驚いたという話しが残っています。

 

 

これも無駄な出費は抑え、戦に備え兵糧を貯めていた証拠ですね。

 

 

 

 

 

 

人情家

 

関ヶ原合戦碁、かつての主筋にあたる織田秀信の助命嘆願を家康に願った事。

 

 

そしてこれも関ヶ原合戦で後ですが、安芸国(現・広島県)に転封され清洲を去る際、それまで世話になった老婆の世話を次の領主に頼んだ事。

 

 

情に厚かったんですね。

 

 

 

 

 

 

アツい

 

関ヶ原合戦に勝利し、天下を手中に収めようとしていた家康の使者・村越茂助に食ってかかったエピソード。

 

 

さらに家康の代官・伊奈図書を切腹に追い込むなど、自分が気に食わない事ならどんな相手でも己を貫き通しました。

 

 

まあ、そのせいで疎まれたのかもしれませんが…

 

 

という事で槍働きだけではなかった福島正則。彼もいろんな一面を持った武将でした。

 

 

 

 

 

 

人気者

 

彼が生まれた愛知県あま市(旧海部郡美和町)では、彼は英雄なんですね。町の至る所に彼の名前やゆかりの地を見る事ができます。

 

 

一体どの様なものがあるのか?

 

 

>>詳しくはコチラ

 

 

これが一番意外なことでしょうか? ^^; (←オイ!)

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