帯は前か横で結ぶようにしろ (加藤嘉明)





帯は前か横で結ぶようにしろ (加藤嘉明)

 

 

今回は【賤ヶ岳七本槍】のひとり、加藤嘉明の名言です。

 

 

嘉明は家中で、『着物の帯は前か横で結ぶようにしろ』と言っていました。

 

 

帯は後で結ぶものなのに、それを前か横で結ぶようにしろとは?

 

 

これに対して嘉明は、

 

 

『帯を後で結んでいたら、解けた時、両手が後にいっており、非常に危険だ。しかし前か後で結んでおけば、たとえ走りながらでも十分結べる』

 

 

と言っていました。

 

 

しかもこの事は帯だけに言えたことではなく、人間の心構えについてもいえる事ですよね。

 

 

刀を握る両手は常に前か横になくてはならないという事です。

 

 

過酷な戦乱の世を生き延びた嘉明の重みのある名言です。

 

 

さて、そんな加藤嘉明ですが、出身地は三河なのです。

 

 

定説では愛知県西尾市といわれていましたが、2014年に安城市が加藤嘉明の生誕地として名乗りを上げました。

 

 

(ちなみに西尾市と安城市は隣あわせ)

 

 

武将の生誕地を巡っては、自治体はもちろん、地元の歴史研究家や郷土史家が論争を繰り広げたりします。

 

 

山内一豊や織田信長、または桶狭間などがそうですね。

 

 

でも、加藤嘉明に関しては、『ああ、そう』みたいに流されていた様な気がしますww

 

 

まあ、どちらの生誕地も距離的に近いので、『生まれた』、『育った』の違いで生誕地になったのではないでしょうか

 

 

 

【加藤嘉明の生誕地】

 

 

西尾市の生誕地

 

 

 

安城市の生誕地

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