火縄銃を無効にする方法





火縄銃を無効にする方法

 

 

戦国時代に西洋から伝来したと云われる鉄砲。

 

 

この鉄砲というものが伝来して、合戦の様相を一変させ、織田信長あたりは鉄砲を有効活用し、勢力を広げたと後世に語り継がれています。

 

 

しかし、この鉄砲。使いこなすことが難しく、持ってさえいれば、必ず戦で敵に大打撃を与えることができるといった兵器ではありませんでした。

 

 

どういうことか?

 

 

まず、当時の鉄砲の射程距離はおおむね約五町(約540m)ほどと云われており、人馬を倒すには約二町(約216m)以内との事。

 

 

さらにこの距離でも、具足(甲冑)の上に当たったのでは、ほとんど敵を倒すことは期待できなかったとか。

 

 

では鉄砲が具足を打ち抜くまで威力を発揮するには、どれほど距離が近くなければいけなかったのか?

 

 

一説には約一町(約108m)と云われています。

 

 

なので、逃げて行く敵にはほとんど通用しませんでした。

 

 

そう、逃げていく敵には効果なし。

 

 

これが火縄銃のネックな部分で、長篠・設楽ヶ原合戦では、武田軍が織田・徳川連合軍に向かって来てくれなければ、馬を驚かせるくらいしか効果が期待できませんでした。

 

 

しかし一町(約108m)以内に敵がいるという事は、接近戦状態なので、一撃で仕留めなければ、次の弾を装填する前に逆に敵に切り込まれてしまいます。

 

 

 

柵や連射できる仕組みがあれば話しは別ですが、そういつも準備万端だったワケじゃありません。

 

 

かといって一町以上では火縄銃の能力も命中精度も格段に落ちてしまいますし、さらに的の距離によって火薬の量も調整しなければないという面倒もありました。

 

 

ここまで書くと戦国時代の鉄砲は大変扱いにくく、高度な技術が要求された武器であったといえると思います。

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