必勝祈願!出陣前に縁起を担ぐこの食べ物!





必勝祈願!出陣前に縁起を担ぐこの食べ物!

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本人は古来より縁起を担ぐ事に敏感な民族でした。

 

 

そして宇宙に人が行って帰ってくる21世紀となっても、冠婚葬祭をはじめ生活のいろいろなところに【縁起が良い】・【悪い】があります。

 

 

例えば結婚式・引越しは【仏滅】はタブー、葬式は【友引】は不吉など、どこかで聞いたことがありますよね。

 

 

若い世代ではあまり気にしなくなったとはいえ、初詣でのおみくじを食入る様に読んでいる方を見かけたりします。

 

 

やはり多少は気になるんですね。

 

 

もちろん戦国時代にもいろいろな吉凶がありましたが、今日は【オイシイ戦国】という事で、縁起を担いだ食べ物のお話です。

 

 

 

 

縁起の良い食べ物として戦国武将達に好まれたのが、

 

  • 打鮑 (うちあわび)
  •  

  • 搗栗 (かちぐり)
  •  

  • 昆布 (こんぶ)

 

まずは打鮑(うちあわび)。

 

 

打鮑とは細長く切ったアワビを薄く打ち延ばして乾燥させたもの。

 

 

この打鮑は、古代中国では不老長寿・若返りの食物と見なされ、昆布同じく朝廷に貢納物として献上されていました。

 

 

打あわびの『打』が『打つ』に転じて打って出るという意味です。 

 

 

次に搗栗(かちぐり)は、かち=勝ちと繋がる事。

 

 

この搗栗、保存するために栗の荒皮をむいて乾燥させ、臼でついて渋皮を取り除いたものです。

 

 

最後にに昆布(こんぶ)ですが、喜ぶ=よろこんぶ=昆布、ということで好まれていました。

 

 

現在ではダシャレという事で笑い話になりそうですが、貢納物として朝廷にも献上されていたそうなので、真剣にシャレていたのですね。

 

 

この3つの食べ物を総合しますと、

 

 

打って(打ちあわび)、勝って(勝ち栗)、喜ぶ(よろこんぶ)

 

 

という一連の流れになります。

 

 

ということで、これらの縁起の良い食べ物は、特に出陣する際には欠かせなかった様です。

 

 

ただ、縁起を担ぐためのものだけではなく、どれも乾燥品で保存も効いたため、出陣という出兵で好まれたのではないでしょうか?

 

 

吉なるこれらの食物。あなたも大事な時、縁起を担ぐ意味で食してみてはいかがでしょう?

 

 

このほか、最近では受験生が受験という戦に勝てる様に縁起を担ぐスイーツなども好まれているみたいです。

 

 

まあ、ほとんどダジャレみたいなものですが、これも面白いですね。

 

 

>>受験生に贈りたい縁起を担ぐ食べ物 〜スイーツ編〜

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