なぜ家康は白米より麦飯・玄米を好んだのか?





なぜ家康は白米より麦飯・玄米を好んだのか?

家康,白米,麦飯,玄米,好んだ,長寿,節約,倹約

 

 

最近の健康ブームで麦飯・玄米が食される様になってきましたが、味の点では白米に及ばないですね。

 

 

しかし麦飯・玄米には、白米よりもかなりの栄養素が含まれています。

 

 

だからこそ食されているワケですが、戦国武将にも白米より麦飯・玄米のほうを好んでいた人がいました。

 

 

有名なのは徳川家康

 

 

家康がまだ岡崎城(愛知県岡崎市)の城主だった頃、徳川家中では夏の間中、主食は麦飯だったと伝わります。

 

 

もちろん家康の方針で、家康も率先して麦飯を食べていました。

 

 

そしてこのエピソードが残ります。

 

 

あるとき側近が気を利かせて、茶碗にたくさんの白米を入れ、その上に麦飯をわずかばかり乗せて家康の食事に出しました。

 

 

そうすると家康が喜ぶと思ったのでしょう。しかし家康はその側近に、

 

 

『家臣がたくさん討ち死にしているときに、私だけ贅沢しては申し訳が立たない。私はただケチで麦飯を食べているのではなく、もっと多くの軍資金を捻出させるためにこうしているのだ。』

 

 

と言ったそうです。

 

 

そのほか、普段は粗食にして、月に数回美食すれば満足と思うようにせよという話や、後の駿府城時代に城内で消費する漬物をわざと塩辛くして、少ない漬物でご飯を食べようとした話が残れさています。

 

 

天下を取った徳川家康の性格を知る事ができるオイシイお話でした。

関連ページ

アマクチ西瓜とカラクチ利休
天下人・豊臣秀吉の茶道として歴史にその名を残した千利休。彼は砂糖をかけた西瓜を好まなかったといわれますが、その理由についてあるエピソード調べてみました。
日本人で初めてラーメンを食べたこの人!
日本史上はじめてラーメンを食べたといわれる水戸光圀について調べてみた記事です。
徳川家康の死因は天ぷらってホント?
江戸幕府を開いた徳川家康が亡くなった原因のひとつに天ぷらに当たったという説がありますが、それについて詳しく調べてみました。
必勝祈願!出陣前に縁起を担ぐこの食べ物!
日本人は古来より縁起を担ぐことを大事にしてきました。大事な勝負事や戦いの前、今では選挙などもそうですが、出陣の時に縁起が良いとされる食べ物があります。それを調べてみました。
宇喜多秀家の長寿のヒケツ!明日葉
関ヶ原合戦で八丈島に流された戦国大名・宇喜多秀家は83歳という長寿でした。そんな秀家が食べていたのが八丈島に自生していた明日葉という植物でした。
宇喜多秀家とおにぎり
関ヶ原合戦後に八丈島に流された宇喜多秀家は代官・谷庄兵衛から食事に招待されますが、出されたおにぎりを食べずに持ち帰りました。そこには八丈島の事情があったのです。
餅のおかげで大名になれた?!藤堂高虎
築城の名手として知られる藤堂高虎は関ヶ原合戦でも活躍し大名として名を馳せました。しかし彼が若い頃は貧しく、餅のおかげで出世で来たというエピソードを紹介しています。
なぜ木村重成は合戦前なのに食事をしなかったのか?
大坂の陣で名将として名を残した木村重成。彼は出陣の時に食事をしませんでした。『腹が減っては戦はできぬ』ともいわれた戦国時代になぜなのか?それには理由があったのです。
なぜ戦国時代に石臼(いしうす)は必須だったのか?
最近の研究により戦国時代に石臼(いしうす)は必須のものだったことがわかっています、それはなぜか?石臼の意外な使い道について季節した記事です。

ホーム RSS購読 サイトマップ