なぜ戦国時代に石臼(いしうす)は必須だったのか?





なぜ戦国時代に石臼(いしうす)は必須だったのか?

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戦国時代の台所でこれが無いと不便!というもののひとつに石臼(いしうす)がありました。

 

 

現在ではミキサー等でも代用できますが、当時ではやはり貴重品。

 

 

以前、豊臣秀吉の大好物・割粥の事を書いたときの事。

 

 

石臼を常備していたと秀吉に思わせ、褒められた僧侶のエピソードがありましたが、この話からも貴重品だったという事が分かります。

 

 

こちらの記事 ⇒ 天下人秀吉の意外な好物

 

 

石臼は調理の材料を加工する際に使いますが、他にも使い道があり、戦国時代には無くてはならないものだったんですね。

 

 

まずは抹茶。

 

 

抹茶は上質の碾茶(てんちゃ)を細かく挽かなければ、深い味わいが得られず、ここでも良質の石臼が必要でした。

 

 

あと、石臼は火薬の調合にも使われていました。

 

 

戦国時代の古戦場や、戦国大名の城址からたくさんの石臼が発見される事がありますが、これはそのためなんですね。

 

 

どう使うのか?

 

 

鉄砲の火薬は硫黄や硝石、木炭などを粉にして調合するので、この時も細かくするために良質の石臼が必要だったんです。

 

 

茶の湯と鉄砲の火薬。

 

 

この二つは戦国時代と切っても切れないものだったので、これらのものを作る石臼は、まさに戦国時代に無くてはならないものだったのですね。

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