本能寺の原因は鮒ずし?





本能寺の原因は鮒ずし?

 

 

日本史最大の謎といわれる本能寺の変。

 

 

戦国時代、天下統一目前といわれていた織田信長が突如、家臣の明智光秀に謀反を起こされたという事件です。

 

 

現在でもなぜ光秀が謀反を起こしたのかという理由は研究、討論されており、複数の説がありますが、未だに決着がついていないんです。

 

 

そんな中、滋賀県の郷土食である鮒ずしが本能寺の変のキッカケになったという説があります。

 

 

どういうことか。

 

 

本能寺の変の数日前、徳川家康一行が安土城を訪れる事になり、光秀が接待役となりました。

 

 

光秀は家康らをもてなすため、食事も近江(滋賀県)の名物などをふんだんに取り入れます。

 

 

しかし当日、皆の前で出された料理に信長が激怒し、大勢の前で光秀を叱り付け、接待役を解かれ秀吉の援軍に命じられます。

 

 

これにより面目を失った光秀が謀反を起こしたという説です。

 

 

この時出された料理に【鮒ずし】があり、それで信長が怒ったということですが…

 

 

 

 

 

鮒ずしとは現在でも滋賀県の郷土食として有名な料理で、琵琶湖で取れた鮒(ふな)の内臓を取り、炊いた米を詰め、数年間発酵させるというもの。

 

 

滋賀県では特別な料理として、めでたい日など年に数回しか食べる事ができない貴重なものなんです。

 

 

ただ発酵臭、酸味が強く、何も知らない人が見れば【腐った魚】と思うかもしれません。

 

 

信長が怒った理由は、大事な客である家康に腐った魚を出しおって!という理由なのでしょうか。

 

 

でも信長自身、安土城に住んで数年経っているので、鮒ずしの存在、貴重な食べ物ということは知っていたと思うのですが。

 

 

珍説なのか、もしかすると本当に本能寺の変のキッカケになったのか…

 

 

あなたはどう思いますか?

 

 

ちなみに私も鮒ずしにチャレンジしてみました。

 

 

その時のレポはこちら ⇒ 値段、臭いそして味は?滋賀県名物の鮒ずしを食べてみた感想

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