第11話 | 聚楽弟ゆかりの野菜
聚楽弟(じゅらくだい、てい)
豊臣秀吉の関白時代の建造物ということで有名ですよね。
残念ながら秀次時代に破却され、今では文献等でその存在をしるのみです。
今回はその聚楽弟(じゅらくてい)ゆかりの野菜のお話です。
そのゆかりの野菜の名前は【堀川牛蒡(ごぼう)】。
これは通常の牛蒡よりも大きく、中が空洞になっています。
鶏肉やウズラの卵を詰め込んだ【印籠煮】で有名ですよね。
牛蒡はもともと宋の時代(960〜1279)に中国から伝わったもので、当初は薬草として日本に入ってきていました。
牛蒡は繊維質が多く、根部分には発汗利尿作用があり、種子には咽頭痛に効果があったり解毒作用もあるといわれています。
現在では普通に食卓に並ぶ野菜ですが、これは日本だけのようで、海外ではあまり牛蒡は食されていないようです。
さて、そんな牛蒡(ごぼう)。
戦国時代と、どんな関係があるのか?
じつは聚楽弟が壊された時、聚楽弟の堀は、京の町のゴミ捨て場になってしまいました。
そこに捨てられた牛蒡が芽を出し、直径7〜9に育ったものが【堀川牛蒡】といわれるようになったそうです。
栄養面でも優れた牛蒡。
その歴史には意外なものがあったのですね。
こんなゴボウです⇒ 京都府ホームページ
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