長寿のヒケツ?梅干パワー





第2話 | 長寿のヒケツ?梅干パワー

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人間五十年といわれた戦国時代において、88歳まで生きた長寿がいました。

 

 

それが後北条氏(小田原北条氏)の初代で、北条氏百年の礎を築いた北条早雲です。

 

 

関東の戦国武将ですね。

 

 

本人は伊勢新九郎と名乗り、早雲は後世に付けられた名前だとか。

 

 

それはさておき…

 

 

 

 

 

早雲は戦はもちろん、五十過ぎの晩婚でありながら、六十一歳までに三人の子をもうけています。

 

 

なぜそんなに長生きでき、パワフルだったのか?

 

 

実は彼の食生活に長寿のヒミツがあったといわれています。

 

 

それが梅干とお茶】

 

 

 

 

 

 

まず梅干は平安時代の医学書【医心方】にも登場し、当時から健康食として注目されていました。

 

 

そして梅干のどこに長寿効果があるのかというと、じつはあの(酸っぱさ)。

 

 

あの酸っぱさの正体は(クエン酸)で、新陳代謝機能を増し、細胞を若々しく保ってくれる効果があります。

 

 

梅干には他にも、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、といった様々な酸が含まれています。

 

 

酸っぱい=酸性と思われますが、じつは梅干は人体に入るとアルカリ性として吸収されるんですね。

 

 

 

 

 

人体は弱アルカリ性状態にある時、最も健康になるといわれています。

 

 

なので梅干を常食するという事は、身体を常に弱アルカリ性に保つのに効果バツグンなんですね。

 

 

さらに梅干と並んで見逃せないのが抹茶。

 

 

 

 

 

抹茶に含まれるカフェインと梅干に含まれる各種の酸が融合すると、体内の代謝機能が大幅にアップするとの事です。

 

 

早雲は若かりし頃、京都の禅寺で修行していたそうなので、茶は身近なものではなかったのでしょうか?

 

 

ということは、早雲は茶を喫する際、梅干を食していたとも考えられますよね。

 

 

モチロン、茶と梅干を食べていれさえすれば、必ずしも長寿になるというワケではありません。

 

 

しかし老いてもなお、戦乱の世を駆け巡った早雲が茶と梅干の食べ合わせを好んでいた可能性は無視できませんよね。

 

 

 

 

 

 

ちなみに早雲の時代の梅干は白漬けといって赤くはありませんでした。

 

 

これにアカジソの葉で香りと色を付けたのは、徳川家康という説があります。

 

 

家康も七十五歳まで生き、亡くなる前年までは、戦場にも出ていました。(大坂の陣)

 

 

梅干パワーの因果関係も…あるのではないのでしょうか? ^^

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